• 8月 20 2011

    クルマが馬車に戻るとき

     

    自動車が生まれておよそ120年。

    ゴッドリープ・ダイムラーが1886年に発明したそれは、当時「馬なし馬車」と呼ばれていました。由来は文字通り馬が引いていないのに「自分で動く車」だからにほかならないのですが、同時にそれはクルマの成り立ちをも表していたのです。

    ……というのも当時のクルマは馬車とほとんど同じ構造だったから。馬車は車輪とサスペンション、それらを支えているフレームをまとめたシャシー(車台)と、ボディと内装は別物で、お客さんはシャシーを馬車屋から買い、好みのボディを乗せていたわけですね。自動車が普及するに連れて、馬車屋はこんどはクルマのボディを作るようになっていきました。もちろん、それを買えたのは、ほんの一握りの富裕層でした。彼らは、自分のわがままと美意識をクルマのボディに求めます。ですから元馬車屋に思い思いのボディを作らせ買ってきたシャシーに乗せたのです。

    これをコーチビルドいいます。そして、その業者をコーチビルダーといいます。コーチ(Coach)とは、馬車のことですね。

    なかなか想像つかないことかもしれませんが、だからロールス・ロイス、ベントレー、アルファロメオ、キャディラックといった戦前の超高級車は、車名が同じだったとしてもボディが同じとは限らなかったのです。いや、むしろ同じ“吊るし”のクルマは殆どなかったといってもいいでしょう。マリナー、パークォード、フーパー、ヴァン・ヴォーレンといったコーチビルダーが、お客の要望に応え、職人技と美しさをひたすらに競っていたのです。
    性能的になんら今と比べるところのない戦前のクルマたちが、人々を振り向かせ、クルマに詳しくなくとも何か超然としたもの感じさせるのは、だからでしょう。

    ところが、第二次世界大戦で状況は一変します。戦後、社会経済が変化し、モータリゼーションが訪れ、クルマの大量生産が始まりました。車体は量産に向き、ボディとシャシーが一体化された強固なモノコック構造に変化しました。モノコックはボディとフレームが一体ですからボディを乗せかえるという芸当はできません。で、コーチビルダーは廃業、さもなくば大メーカーに吸収されコーチビルド文化は途絶えてしまったのです。

    時はめぐって、2011年。2010年のリーマンショック後の社会意識の変化をきっかけに「絵に描いた餅」でしかなかったEVがいよいよ現実のものとなりつつあります。三菱iMiEVの発売に日産リーフの発表、テスラの日本上陸。2010年から2011年にかけて、後に日本のEV元年と呼ばれることになるでしょう。

    クルマがEVになれば、モーター、バッテリー、制御機構、ソフトウエアがコモディティ化します。これは誰もが予想できることでしょう。パソコンやスマートフォンを見れば明らかなようにメーカーはそれらを組み合わせ最適化し、シャシーを作るようになるかもしれません。床下にバッテリーを置き、前か後ろにモーターと制御機構を置くことでパソコンでいうロジックボードのようなプラットフォーム構造が取りやすくなります。ハンドリングや衝突安全性、乗り味といった部分は一朝一夕にできるものではないのでクルマメーカーの領分なのは明らかですが、逆に、どこかのメーカーがプラットフォームとしてシャシーだけを販売する可能性は十分にありえます。パソコンのロジックボードを売るようなものでしょう。

    そしてコモディティ化したとき、ヒトは差別化を求めていくものです。人と違ったものが欲しい、と。好きなデザインのボディ、少数限定のボディを求める人々が出てくるはずです。求める人間がいれば応える人間が出てくるものです。ワンオフ、もしくは極少数のためのデザインや、ネットでボディのオーダーメイドができるようになるかもしれません。少なくともテクノロジーの進化は、かつてより少量生産も多様な意匠のボディも作りやすくしています。

    そう、120年の時を経て、コーチビルドという文脈でクルマは再び馬車に戻るのです。

    さらにEVにはソーシャルメディア、ジオロケーション、スマートグリッド、ナビがネットで融合します。このあたりはWIEREDに僭越ながらコラム「クルマが「パケット」。そして道路は通信網となる」を書かせていただきました ;-) コンポーネンツ、コーチビルド、通信の分野でその周辺に新しい産業と経済が興るでしょう。それは、新しいクルマの楽しみ方が生まれる時でもあります。今よりもっと美しく楽しいクルマが道を走る日が目の前に迫っていると思うとワタシはワクワクしますねぇ。EVの世界にようこそ。

    8月 20, 2011 @ 1:20 am